ある日のできごと 3
(2のつづき)
川岸に着くとそこにはすでに3、4人ほどの人間がいて、やはり誰もが完全に沈黙したまま対岸を見つめていた。
二棟のビルがあるはずの場所にはただ白い砂埃が舞い上がっていて、それを見た瞬間は積乱雲のように厚くて濃い砂埃が、高層ビルがぐにゃりと形を変えたもののような錯覚を覚えた。しかししばらく見つめていると風に流された白い柱がゆっくりとこちらに向かって動いているのがわかって、たちまち錯覚は現実に置き換えられた。
頭ではわかっていたのだが、実際に確かめてしまうと、得体の知れない黒くて重いものを心の上にどさりと載せられたような感覚になった。誰もがひと言も口をきかず、打ちのめされたようにその場を離れはじめた。僕もその場に留まって見つめ続けることができずに、足を引きずるようにして家に戻った。
頭の中はただ「なぜ?」というひと言に占められていた。なぜこんなことが起こったのか?なぜあんなにも大勢の人間が死ななければならなかったのか?考えていてもまったく答えは出てこないのは自分でもわかっていた。
家に着き、さきほどの友人に電話をかけた。僕の知らない情報がないか聞いてみたのだが、彼もテレビで言っている以上のことはまったくわからないという。ただ地下鉄が完全に麻痺して、その状態は数日続くようなので、仕事はしばらくできないだろう、と彼が付け足した。明日も確実に地下鉄は動かないだろうが、おそらく家でじっとテレビを見ているのはとてつもない苦痛に思えたので、自転車で行けるところまで行ってみようと思う、と話した。彼も同じように感じていたようで、一緒に行ってみよう、と話して電話を切った。
今日は暗室で写真を焼く予定だった。思い出して、念のため暗室に電話をかけてみる。呼び出し音が続くばかりで誰も出ない。ハウストンストリート以南は立ち入り禁止になっているとテレビで言っていたのを思い出した。暗室は立ち入り禁止域内にあったので、しばらくは営業できないのかもしれない。
どうしてこんなことが起こったのかさっぱりわからないまま、頭の中は様々な思いでぐちゃぐちゃになっていた。混乱したまま、とにかくできるだけ自分の目で見て確かめてやろう、と思いつつ明日を待った。
(4につづく)