4月
30

泥酔する正三角形

posted on 4月 30th 2010 in 毒にも薬にもならない with 0 Comments

所用があり友人に電話をかけてみたところ、こんなに天気の良い休日の昼下がりにもかかわらず、声が重く反応が鈍い。

 

不審に思って聞いてみるとどうやら昨晩呑み過ぎたようで、ひどい二日酔いの真っ最中ということだ。その夜また別の友人に電話をするとこちらもまた二日酔いで、生涯で二番目につらいほどで仕事もまったく手に付かなかった、とぼやいていた。

 

そしてまたこれを書いているこの僕も、そこそこひどい二日酔いを引きずっていて、はっきりしない濁った頭でパソコンに向かっている。

 

人はなぜ、二日酔いになるのだろう。

 

その答えは単純で、呑み過ぎるからだっていうことは頭では十分わかっているのだが、ではなぜ頭ガンガン、吐き気も少々するほどの苦しみが、夜明けとともにやってくるのをわかっていながらも相も変わらず呑み過ぎるのか、っていうことになるとその時点で思考は深い霧の中、とたんに良くわからない。

 

一言で言ってしまうと、楽しくなってしまうからなのだろうが、そこには前回ひどい二日酔いに陥ったときの、自分自身に対する叱咤や反省などはまったく反映されていない。

その叱咤、反省をしたことすら記憶の片隅の埒外に追いやられ、そしてこれが一番大きな理由なのだが、その叱咤も反省も忘却してしまう自分自身を不思議なことにそれほど不快とも思わない。

人間は結局、快を求めて生きる動物なのだから、性懲りもなく叱咤や反省を忘れてしまうことへの不快よりも、呑んで酔って楽しくなってしまう快のほうが僕や二日酔いの友人たちにははるかに大きいということなのだろう。

 

今日もまた、節度を越えて呑み過ぎてしまったことへの叱咤と反省をちょっとだけしている。

 

そして明日の朝訪れる忘却。明日の夜訪れる痛飲と泥酔。

その3点を結んだ正三角形を右往左往しながら、また朝は来る。

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石川拓也 写真家 2016年8月より高知県土佐町に在住。土佐町のウェブサイト「とさちょうものがたり」編集長。https://tosacho.com/