11月
18

マザーアース・スカイファーザー

posted on 11月 18th 2015 in 旅の記憶 & with 0 Comments

以下は TRANSIT(トランジット)29号 美しきオセアニア にて発表した文章です。

 

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上空から眺めると、それは本当に赤い大地だった。

通称レッドセンターと呼ばれるオーストラリア大陸の中心部。ウルル(エアーズロック)を中心にして、植物がまばらに生える荒野が広がっている。

 




 

シドニーから飛んだ飛行機は3時間ほどでエアーズロック空港に到着する。

ウルルのためだけに作られたような小さな空港だ。

飛行機を降りると、強い日差しが肌を刺す。空気はひたすら乾燥している。雨はめったに降らないという。

 

バスに乗り、エアーズロック・リゾートを目指す。これもまたウルルのためだけに作られた、荒野の中に建設された小さな町。

ここではジュング・フェスティバルというアボリジニのお祭りが年に一度行われている。

近づくにつれ、黒い肌をしたアボリジニの人々が多くなる。

アボリジニの肌の黒さは独特で、アフリカの人々とも違うし、もちろんアメリカやヨーロッパで出会う黒い肌ともまた違う。一見してすぐにアボリジニとわかる、ツヤ消しのような黒さ。

彼らの顔の造作とともに、その黒さは一つの事実を僕に実感させる。

それは18世紀に西洋人が入植する以前まで、この大陸が他の地域から隔絶された土地だったということ。動物も植物もこの大陸では独特のルートで命を育んできた。それは人間だって同じことだろう。

 

祭りの参加者たちか見物客か、そこかしこにアボリジニのグループが車座になって芝生の上に座っている。

子供からお年寄りまで一緒くたの一団のすぐ隣に腰を下ろす。僕に気がついた若者が声をかけてくる。

「僕らはアナング族のファミリーだ。」

ジェレミーと名乗った若者が言う。

アナングの人々は一様にシャイで、滅多に相手と目を合わせようとしない。小さな声でゆっくりと途切れ途切れに話す。

一団の中のひときわ大きな体のジェレミーも、なんとなく恥ずかしそうな様子で話す。

極端に高タンパク質の食事をとる彼らの体からは乳児のような強い匂いがするが、決して悪臭ではない。

ジェレミーによると、アナング族はウルルの周辺に点在して家族単位の村を作っているらしい。今日のジュング・フェスティバルのために一族は3日間歩いてここまで来たという。

ジェレミーはクセの強い英語で話す。

オーストラリア英語特有のクセとジェレミー本人のクセ、それから小声で話すので、慣れるまで僕は何度も聞き返すことになる。

「ここで今夜、アナングの火の踊りを披露するから見に来てほしい。アナングにとって火はとても強い繋がりを持つ精霊なんだ。」

そう言うジェレミーと夜の再会を約して、僕はウルルを見に行くことにする。

伝承によるとウルルは、アボリジニにとってのミーティング・プレース、つまり大陸全土から多くの部族が集まる際の集合場所とされてきたという。

確かに地平線しかないようなこの場所で、異様な雰囲気を纏ったこの巨大な岩は遥か遠くからでも目を引いたことだろう。

ウルルの全景が視野に入る距離で、徐々に沈んでいく太陽に浮かぶウルルを撮影する。

4月後半のこの時期は南半球では冬の始まりで、落陽とともに気温も急激に下がっていく。

一枚また一枚と服を重ねていくうちに、いつの間にか日本の冬と変わらない服装になっていた。

息が白い。

通りかかったアボリジニの男性が、ウルルはイニシエーション(通過儀礼)の場でもある、と教えてくれる。

「一人前になるイニシエーションをウルルでやるんだ。子供たちはそのときに荒野で生きていく方法を身につける。水の探し方からカンガルーの捕まえ方まで。それを終えて初めてアボリジニは大人として扱われる。」

これもイニシエーションだ、と言って彼は自分の口を開いて指差す。前歯の一本が抜けている。

「歯を一本抜くこともイニシエーションなんだ。」

ふと空を見るとウルルの上空には無数の星が輝いていた。周りには高い建物も人工的な光もない。

「あれがサザンクロス(南十字星)だ。」

とひときわ明るい星を指して彼が言う。

「あの星が真ん中で空は回っている。星が出ている夜は自分たちがいる場所がどこだか簡単にわかる。」

昼間ジェレミーに出会った場所に戻ると、「火の踊り」はもう始まっていた。

燃える炎を中心にして、男たちが僕には解らない言葉で歌い、両手に持ったブーメランを打ち付けた音に合わせて、地面を踏みしめるようにして踊る。

炎に祈り、マム・ジュタ(たくさんの精霊)に語りかける。

「炎は生活の重要な道具でもあると同時に、近寄ってくる悪い精霊を追い払う役割もある。火の踊りは、炎の精霊が僕らを守ってくれることに感謝を捧げるためにするんだ。」

昼間ジェレミーがそう言っていたのを思い出した。

一連の踊りを終えたあと、アナング族の若者たちが口を揃えて言う。

「僕らはこの広大な荒野を常に動いている。こうしてあなたたちの前に姿を現すこともあるが、それはほんの束の間のことだ。間もなく僕らはまた荒野に帰る。荒野で僕たちを探すときには、夜、星の下で炎を探すんだ。炎はあなたに僕らの居場所を教えてくれるだろう。」

アボリジニの文化には、おそらく日本人である僕たちがとうの昔に失ってしまった何かがある。

大きな経済の一部品として個人が機能することを前提とするような「先進的な」社会で、僕たちは何かを取り戻したがっている。

もちろん皆が皆そうだとは思わないし、何が正しいのかなんていう話でもない。

ただ特に震災以降の日本で、それが都会でも田舎でも、そういった何かを取り戻そうとする活動が日々盛り上がり始めている様を、僕は度々目にし耳にしてきた。

日本だけでもない。資本主義が成長しきってしまったようにも感じられる多くの国々で、経済やテクノロジーから様々な形で距離を取り、本来の人間としての、または動物としての感覚を少しでも取り戻そうとする人々の活動を僕は知っている。

そしてそういった活動の同一線上にあるものとして、ラディカルな先達の後ろ姿のように、アボリジニの文化が僕の目には映る。

彼らと街との連絡役を務める女性の連絡先を僕に残して、ジェレミーたちは暗闇の中に消えていった。

1ヶ月後ベラというその女性から届いたメールには、

「男たちは再び荒野に戻りました。」

と書かれていた。

僕が送った写真へのお礼が述べられた後、

「最後にあなたへ彼らからの伝言があります。」

とあり、末尾はこう閉められていた。

「炎をさがせ。」

 

 

写真はこちらから

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石川拓也 写真家 2016年8月より高知県土佐町に在住。土佐町のウェブサイト「とさちょうものがたり」編集長。https://tosacho.com/