エリトリアで借金を 13
(エリトリアで借金を 12 つづき)
見覚えのある道をバスが走る。
朝アスマラを出発した僕は、まだ日があるうちにマサオアに到着した。
1週間ぶりの港を港湾事務所に向かって歩く。事務所の人たちは僕のことを覚えていたらしく、入ったとたんに挨拶ぬきで、ビザもらったか?と聞いて来た。
僕も挨拶ぬきでパスポートを開いてみせ、ほら、とサウジのビザのページを見せると、なぜだかそれをみんなして回し見して、顔をほころばせた。
最後にボスがそれを見て、相変わらず冷静に船のチケットを作り始める。チケットはわら半紙のようなペラペラの一枚の紙だ。僕が代金を手渡すと、ボスはそれに勢い良く最後のスタンプをドン、と押した。
その夜はマサオアの半壊した宿に泊まり、翌朝港に戻る。漁船をちょっと大きくしたような、なんとも心許ない船が一隻停まっていた。 乗り込むとちょうどイスラムのお祈りの時間が始まったようで、狭いデッキに数十人の男たちがそれぞれ小さなカーペットを敷き、メッカに向かって礼拝している。アッラアアー、アクバアール、という祈りの声は船のスピーカーから大音響で流れていて、普通の会話も覚束ない。他に何もすることなく、ぼんやりしながら出発を待つ。
心許ないながらも船が出発し、翡翠色をした波の上を、すべるようにとはいかないが、ノロノロと進む。エリトリアの黄色い陸が少しずつ小さくなり、水平線に消えていく。太陽はこれ以上ないほど強く照りつけて、船上に濃い影を作る。
しばらくして空腹を感じ、船の小さな売店に行ってみて愕然とした。ここでは米ドルはもちろん、エリトリアの通貨であるナクファでさえも使えないというのだ。食べ物欲しかったらサウジのリヤルを持って来な、というのだが、これからサウジに行く僕が、リヤルを持っているわけもない。せっかく苦労してお金を借り、わざわざ船中のためにと少々のナクファに替えておいたのに。ジッダまで二泊三日の船旅で、思わぬ理由で絶食を覚悟した。
腹減ったなあ、とふらふら船内を歩いていた僕に、乗客のひとりが声をかけた。見るとそこには床にカーペットを敷き、ピクニックのように食べ物を広げている一団がいた。サウジの人たちだったように記憶しているのだが、その人たちは僕が空きっ腹なのを見抜いたのだろうか、陽気に、こっちに来て一緒に食べないか、と誘ってくれた。
喜んで、と彼らが持ち込んだ食事を遠慮もなくいただく。うまい。ありがたいことにこれも食え、あれも食えと、もう満腹、というところまで次々とごちそうになる。あとで気がついたのだが、食事時になると乗客たちは船のいたるところでこうしたピクニック状態になっていた。それに気づき味をしめた僕は、時間になると船の上を散歩する。必ず、どこかしらのピクニックから声がかかり、腹一杯の食事にありつける。
一日五回、問答無用の大爆音で流れるコーランの響きには閉口したが、サウジの食事のおいしさと彼らの優しさは僕の粗末な旅を明るく彩ってくれた。
時折イルカに並走されながら、船はジッダの港に入る。
(14につづく)