踊る精霊 雲南の舞踏家ヤン・リーピンのこと
もう4年以上前になるが、中国の四川省を訪れたことがある。
目指すは九寨溝。
真っ青で透明な湖が段々に連なる写真は見たことのある人も多いことだろう。
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(4のつづき)
僕はタイミングを計っていた。
車内には乗客達が戻り始め、外には運転手を含め4、5人が残っていた。最後のひとりが食事を終え店を出たとき、できるだけ目立たないようにしかし速やかに、僕はバスの外に出た。片手にほぼ空の瓶を持ち、そのまま一直線に店に向かい、食料品店のカウンターに並んでいるものを大急ぎで物色した。
残念ながらそこには充実した食事になり得るものは一切なく、ただただスナック菓子やガムやタバコが置いてあるだけの貧相なものだった。その中からビスケットというよりは乾パンに近いような包みを3つ手に取り、黙って中国元の札をカウンターの中のおやじに手渡した。傍らに置いてあるポットに入ったお湯を、僕のお茶の瓶に移す。これでまたしばらくお茶には困らないだろう。
そそくさと店を後にしてバスに向かうと、もう僕を除く全員が車内に収まって、僕が乗車するのを待っていた。
乗客達が温かい食事を取っているときにはバスから降りようともしないで、皆が出発する頃になっていそいそと乾パンだけ買いに行くような男を、やはり大半の人間は怪訝な表情で見守っていたようだ。それも今回が初めてではなく、出発以降、食事時には似たような行動を繰り返している。そろそろ周りの乗客の好奇心もかわせないほど大きなものになってきているのかもしれない。それでもバスの後方に位置する僕の座席に戻るまで、誰も僕に話しかけて来なかったのは幸いだった。もし話しかけられていたら、僕はそれを無視しなければならない。何も聞いていないかのように、無視しなければならないのだ。
バスはまた走り出し、揺れる車内で乾パンとお茶の朝食を素早く済ませた。乾パンは味がしなかった。車内は相変わらず暑かったが、コートは脱がなかった。窓から差し込む朝日がジリッと肌を焼いたような気がした。チベットの太陽だ、と思った。空が近いのだから、太陽だって近いんだ、と妙な理屈にひとり心の中で頷いた。
(つづく)
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先週は中国へ行っていた。
訪問先はチベット文化圏の九寨溝(キュウサイコウ)だ。
九寨溝がチベット文化圏だということは知っていたのだが、思っていた以上にラサに近いというということを、現地で地図を見て恥ずかしながら初めて知った。
奇しくもちょうど15年前行ったラサへの旅の話をこのブログで書いている最中で、成都から2時間遅れの飛行機が九寨溝に着陸したときには、かつて訪れた記憶の中だけの場所にいつの間にか舞い戻ってしまったような、妙な因縁を感じる不思議な感覚がした。
九寨溝は段が連なった真っ青な湖が有名な観光地だが、それよりも今回の訪問で目を開かれる思いをしたのは、チベット民族は芸能の民だという事実を目の当たりにした瞬間だった。
男の踊りは激しく力強い。女の歌声は柔らかく力強い。
その独特な踊りと歌は、直にこちらの心臓に響いてくるような鮮烈さがあった。
チベット人というのは元来とても温厚で、ほのぼのとした印象を僕も以前のラサへの旅から持っていた。
それはそれで間違いではないのだけれど、それとはまた別の、彼らがその温厚さの内に秘めた遊牧民族の激しさを、少しだけ垣間見たような気がした。
一緒になって踊っていると10分ほどで汗が噴き出してきた。
こっちへ来て飲もう、とあるグループが誘ってくれたので飲み始めると、次から次へと乾杯の声がかかる。
返杯である。
乾杯、と言われたら飲み干すのがこっちのルールで、乾杯、飲む、乾杯、飲むを繰り返しているうちにベロンベロンに酔っぱらってしまった。
どうやらかなり酒に強いグループに入ってしまったようだ。
そうしているうちに何か歌ってくれ、と言うので美空ひばりの「川の流れのように」を歌った。
歌っている最中に自分がこの歌のサビの部分しか知らないことに気づき、延々とサビを繰り返すという情けない事態になってしまった。
それでも彼らは喜んでくれたように見えたので、なんとなく良しとしたのだが、もう一度九寨溝を訪れることができるならその前にカラオケで練習しておこうと密かに思っている。
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本文を読む(1のつづき)
座席は隙間なく乗客で埋まっていた。
チベットに向かうバスにも関わらず、チベット人は乗っていないようだ。見渡したところ僕を除く全ての乗客が中国人のようだった。エンジン音だけが響き渡る無言の車内で、僕はまた浅い眠りに落ちていった。
どのぐらい眠っていたのだろうか、不規則なエンジンを吹かす音で目が覚めた。バスは停まっていて、さっきまでいたはずの乗客たちが車内から消えていた。運転手はハンドルを握り、アクセルを踏み込んでいる。エンジン音にタイヤが空回りする音が混ざる。
前方の開いているドアから外に出る。汗ばんだ肌が冷たい外気に晒されて急に冷めてくる。乗客たちはバスの後方に集まりひとつの固まりのようになっていた。どうやらタイヤを砂に取られスタックしてしまったようだ。バスの窓から漏れるぼんやりとした光を頼りに僕もその固まりに加わった。タイミングを合わせて力を入れる。20回ほど繰り返して、やっとバスは砂を蹴って動き出した。
乗客たちは無言でバスに戻る。旅が始まってまだ1日も過ぎていないうちに、誰もが疲れていた。僕も座席に戻り、堅いシートに身体を預けた。そしてまたバスは不規則に揺れ始めた。
外に出て冷えきった体がすぐにまた熱を帯びて来る。足下から熱気が上がって来ているのだ。座席に座った僕の両足の間を、銀色の鉄パイプが這っていて、出発してからずっとこれが熱気を放っていた。どうやらこの鉄パイプが車内の暖房の役割を担っているようだ。鉄パイプはおそらくエンジンのどこかに直結していて、その熱をぐるりとバス全体に拡散する仕組みになっているのだろう。
この暖房が、出発してからこのかた、暑すぎるのだ。
ゴルムドを出て早々、周りの乗客はコートを脱ぎシャツの腕をまくった。僕もそうしたかったし、そうすべきだったのだが、出来ない理由があった。
ゴルムドのあの男と僕だけしか知らないルールがあったのだ。あいつが大真面目に僕に課した厳格なルール。そのひとつが、「コートを脱いではいけない」だった。
出発前夜、どこをどう歩いたのか皆目見当もつかないような路地の奥。裸電球がぼんやりと照らす露天の古着屋にあの男は僕を連れて行った。
あっさりと「これを買え」とあいつが選んだものは、あちこちシミの付いてすり切れた中国人民軍のカーキ色のコートだった。300円ほどの古着を言われた通りに買いそのまま着てみると、その外見とは裏腹に造りは大層頑丈で分厚いものとわかった。軍用品だ、と実感したが、コート全体から発するかび臭さには閉口した。
僕は忠実に男とのルールを守り、そのコートを一度も脱いでいない。半日経った頃には身体から饐えた匂いが漂い始めていた。
(つづく)
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