神さまがくれた花 5
5
なにか信者たちにしかわからない合図でもあるのだろうか。
なんとなく弛緩していた信者たちがものの数秒で姿勢を正すと、時を同じくして本堂の入り口から再びスワミ神が現れた。
車いすを押され、最初に出てきた出入り口とは逆の方向にゆっくりと向かい、そこに座る信者たちの前に止まった。
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なにか信者たちにしかわからない合図でもあるのだろうか。
なんとなく弛緩していた信者たちがものの数秒で姿勢を正すと、時を同じくして本堂の入り口から再びスワミ神が現れた。
車いすを押され、最初に出てきた出入り口とは逆の方向にゆっくりと向かい、そこに座る信者たちの前に止まった。
4
法悦?恍惚?
この歓喜。なんとなく心の隅でうらやましい想いもありながら、彼らの心情の根本は想像するしかない。
ヒンドゥ教徒でもないし、特にこれといって特定の宗教を持たずに大人になった僕としては、スワミ神を前にしたときの彼らの目の輝きはとても眩しいのと同時になかなか理解のしづらい種類のものだ。
3
スワミナライの寺はアーメダバードの市内にあって、驚くほど空港に近かった。
門を入るとすぐ履物を預けるようになっていて、裸足にひんやりとした大理石が心地良い。一歩境内に入ると空気が変わる。外のホコリっぽい混沌とは全く別の時間がそこには流れている。
アーメダバード
2
車に乗り込み、さっきバーラットと一緒に来た道をそのまま戻る。
寺はアーメダバードの街中にあるらしい。
「その寺はなにか特別なんですか?」そう尋ねた僕にダダが道すがら説明してくれた。
1
この広い世の中には、まれに「神さま」と呼ばれるものがいるらしい。
空の上にとか心の中にとかそういうあいまいな話ではない。出会える神さま。生き神。リビング・ゴッド。これはそういう生身の「神さま」に僕が出会った話。
The Website (ishikawatakuya.com) is renewed! Please have a look at it. See Website
I feel this kind …
本文を読むこちらのブログではなくて、写真ウェブサイトをリニューアルしました。ぜひご覧になってください。See Website
ただこういったウェブサイトってのは(ブログも同じですが)、完成ってものがないんだな〜と実感したリニューアルでした。まだ載せれてない写真もあるし、今後もちょっとずつ増えていくだろうし。
すべてちょっとずつ、ちょっとずつです。
この話は以下のリンクにまとめています
ラサに行ってもいいですか? | 偽装中国人バスの旅 [前編]
本文を読む
24
きっと公安はそんな返事を予想していなかったはず。目の前の、自分を無視し続けた旅人がやっと発したひと言を理解するのにいささか手間取っているように、数秒そこだけ時間が止まったように固まった。
しばらくすると崩れかけた体勢を立て直し、公安がまた何かを言った。僕にはまたそれも理解できなかったのだが、声の調子から怒りのトーンが少しだけ落ち着いたことが聞き取れた。
さっきの続きのつもりはないのだが、本当に何を言っているのかわからないので首を傾げていると、公安は同じ言葉を何度か繰り返した。それでも僕が理解しない様子に業を煮やしたのか、背後に立った3人のうちのひとりが、「パスポート!!」と短く叫んだ。
そうか、そりゃそうだ。さっきから乗客の身分証を確認していたのだから。
シャツの内側に手を突っ込んで、そこからパスポートを取り出し、公安に渡す。珍しいものを見つけたようにそろそろと端をつまみ、公安はパスポートを点検しはじめた。後ろの3人も肩の上から覗き込む。
乗客たちと運転手はさっきからまったく声を出さない。静寂の中、公安がパスポートのページをめくる音だけが聞こえていた。
このとき僕のパスポートはほとんど白紙のはずだった。上海から旅を始めたのだから当然なのだが、どこにそんなに見るものがあるのだろうと僕が不思議に思うほど、公安たちはパスポートを仔細に点検していた。白紙のページもしげしげと丁寧にめくりながら見ているのだ。
もう僕はバスを降りるつもりだった。他の乗客に迷惑をかけないで、僕だけ降ろされるならそれでしかたない。そうこのときは思っていた。降りるために、お茶の瓶やら中国語の雑誌やら、持ち物をまとめておいたほうが良いのだろうか。そんな風に思っていた僕の目の前に、点検し終わったパスポートがグイっと差し出された。
(つづく)本文を読む
23
公安と目が合う。何の表情も読み取れないその両目を見る。
僕の目から不安を読み取られていないだろうか。不審に思われていないだろうか。
公安が短く何かを言う。もちろん何を言っているのかわからない。低くて早口な中国語だった。
僕は何も答えないでそのまま公安を見ている。この期に及んで「口がきけない」という当初の設定を守ろうとしていた。もうそれ以外どうしたらいいかわからない。
もう一度、公安が言葉を繰り返す。さっきより明らかに声が大きい。前方に座っていた乗客たちの数人が僕の方を振り向くのが目の端に見えた。
前を向いたまま、僕は公安の言葉に何の反応も返さない。ちょっとだけ首を傾げて、もう何を言っているんだかわかりません、だって耳が聞こえないんだから、口がきけないんだから、その辺を察してくださいよ、という思いをその仕草に込めてみせた。
それで逃れられるなんてことも思っていないけれど、他に良い言い訳も用意できない。ひと言でも口に出したが最後、僕が中国人でないことは一瞬で見破られてしまう。
目の前の公安の無表情の目の奥に、苛立ちの色が浮かぶのが見えた。僕に何度も無視された格好になったこの若き地方官僚の顔面に、怒りの赤い血が猛スピードで昇ってくるのが見えた。
もうほとんど怒鳴り声になって、公安が早口の中国語でまくしたてた。ぎょっとしたように振り向く周囲の乗客たち。運転手もこちらを見ている。外にも怒声は届いたのだろう、3人の公安警官がドタドタと足音をさせてバスの中に入ってきて、応援するように最初のひとりの背後に立った。
最初の警官は怒声をさらに強め、顔を真っ赤にして怒鳴りつけてくる。激高といっていいだろう。こめかみに指をあてている動作を見るところ、「お前バカか?!言っていること通じないのか?!」とそんなことを言っているはずだ。
おそらくこれ以上やっても出口はどこにもないだろう。僕は諦めた。ラサに行くのを諦めた。小屋に連れて行かれて取り調べを受けて、ゴルムドに返される。丸々バス全体が戻される、そんなことだけにはなってほしくないが、僕ひとりが返されるのはもうしょうがない。拘束されたりするんだろうか?それもこの際しょうがない。この状況では黙っていたって同じことだろう。
公安の目を見たまま、意を決してつたない中国語で「僕は日本人です(我是日本人)」と口にした。ちょっと震えてしまったかもしれない、と久しく耳にしていなかった自分の声を聞きながら思った。