カケラ
昨日は寒かった。
4月のこの時期に、真冬のようなこの天気は、寒さが苦手な僕にとっては怒りに似た感情を覚えてしまう。
ひと冬の間に約6回は「もう冬眠したい、、、」と涙声で言ってるほどで、もし人体にそういった機能が装備されていれば、穴の中にやわらかく枯れ葉を詰め、腹一杯たらふく食べたあと、「じゃ、春に」と言い残して永い眠りに入りたい、と不埒な想像をしばしばする。
冬が寒いのは地球のこの辺りでは仕方ないことなので、もう心の準備も乗り切る覚悟もできているのだが、4月も半ばのタイミングでこの寒の戻り、これはちょっと不意打ちが過ぎないか?
長くて寒い冬がようやく終わって、あたたかい春が来た!と一瞬だけぬか喜びさせてからのこの一撃。マラソンを走りきった直後に熱々のコーンポタージュを手渡されたような、そんな不意打ちの重さをこの数日の天気に感じてしまう。
さて。
そんな寒さのなか、SWITCHのB1F、RAINY DAYに行ってきた。
映画監督、安藤モモ子のトークセッションが開催されていたためだ。今日のお相手は写真家の川内倫子さん。
モモ子は数年前、行定勲監督の「遠くの空に消えた」という作品にスタッフとして参加して以来の友人で、当時は助監督をしていた。北海道の大自然での2ヶ月以上に渡るロケで、毎日極端に短い睡眠時間のなか、ちょこまかと同時にパワフルに走り回っている印象が強い。
そのモモ子が、ついに、というより早くも、映画監督としてデビュー作を作ってしまった。
カケラ
もう公開されているので、知っている方も多いはずであるし実際劇場で観賞した方もたくさんいるはずで、内容に関していまさら僕があれこれ書こうなどとは思っていない。
ただ映画のスタッフの末端として、いくつか現場に入った僕の貧しい経験から考えても、一本の映画を作り上げる、ということは途轍もない労力と根気が必要なはずで、肉眼では見えないほどの極小の種子を、あたため、水をやり、光をそそぎ、大樹に育てようとする間断ない愛情と狂気には、モモ子に限った話ではなく映画に携わる人間全般に対して言えることだが、本当に頭が下がる思いである。
「映画とは、子供が産まれて成人するまでの全ての写真と同じぐらいの分量を、1ヶ月やそこらの期間で撮ってしまおうとする行為だ」
とはモモ子の父上である奥田瑛二監督の言葉であるが、これほど極度に濃密な人間的作業(もしくは非人間的作業)を志向し完遂するためには、それを実現する映画監督という一個人に、愛情と同量の狂気が要求されると思われる。
多くの映画人がひとでなしと言われる所以であるのだろう。
トークセッションはRAINY DAY独特のアットホームな雰囲気であたたかく盛り上がり、時間をだいぶオーバーして終了した。
モモ子はまたここでファンを増やしたようだし、川内さんもとても大人なお話をされていて魅力的だった。
トークの中で川内さんも言っておられたのだが、観賞した人のなかには登場人物がモモ子自身に思えてきてしかたないという感想が少なからずあったようだ。
そんな希有な感想を持たせる映画が黙殺されてしまうわけがなく、こういった会場でモモ子と「カケラ」を知り、映画館に駆け込む人もたくさんいるのだという。
余談になるが、「カケラ」には僕の写真がチョイ役で出演している。舞台の装飾の一部分なので、シーンを追いながら見つけ出すのは難儀なことだと思うが、少しでも心にひっかかってくれたらうれしいと思う。
気の早い話で、周囲からはもうモモ子の次作に対する期待が膨らんでいるようだ。
が、ひとつだけ難を申せば、モモ子よ、酔っぱらって僕の名前を間違えるのはそろそろやめてもらえないだろうか。