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ラサに行ってもいいですか? | 偽装中国人バスの旅 10

posted on 3月 31st 2014 in 1995 with 19 Comments

 

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5分ほどの会話の後、相変わらず無表情な公安が、捨て台詞のような雰囲気で一言ピシャリと言い放つと同時に、降りろ、とでも言うかのようにその乗客を外へ促した。緩慢な動作で立ち上がり、バスを降りる乗客。

運転手も呼ばれて外へ出る。公安に何かを言われ、彼もまた緩慢な動きでバスの屋根によじ登り、ひとつの荷物を地面にどさりと投げた。

少しふてくされたような態度でその荷物を拾う乗客。

運転手はそんなことを気にする素振りも見せずバスに戻ってきた。運転席に座り直してからまた窓越しに公安と何かを話し、そしてエンジンをかけアクセルを踏んだ。

乗客ひとりをランタンの光の中に残したまま、バスはまた走りはじめた。

 

理由はわからない。はっきりしているのは、あの乗客は途中で降ろされたということだ。

まさか彼の目的地があの場所だったということはないだろう。

彼の表情や雰囲気のすべては、彼が不本意に置き去りにされたことを意味していた。

ゴルムドでネズミ男が言っていたことは嘘ではなかった。

「公安がお前を追い返したくなれば、それがラサの100メートル手前だったとしても簡単に追い返せるのだから」

何度も繰り返しネズミ男は言っていた。

「そうならないために、お前はおれのルールを守れ」と。

 

それが現実のものとして目の前で繰り広げられた今、あといくつあるのかもわからない検問を全て何事もなく通り抜け無事にラサまでたどり着くことが、思っていたよりもはるかに無謀な計画であるように感じられてきた。

 

ネズミ男はもうひとつ付け足してこうも言っていた。

「失敗した場合、お前ひとりが追い返されることもあるが、バス全体乗客全員がゴルムドに戻される場合もある」

それがうっすらと現実味を帯びてきたこのときになってやっと、この賭けがとてつもなく危険なものだったことに気づいた僕は、やっぱり浅はかで世間知らずだったのだろう。

 

 (つづく)

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石川拓也 写真家 2016年8月より高知県土佐町に在住。土佐町のウェブサイト「とさちょうものがたり」編集長。https://tosacho.com/

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