4月
01

ラサに行ってもいいですか? | 偽装中国人バスの旅 11

posted on 4月 1st 2014 in 1995 with 21 Comments

11

ゴルムドに到着したあの夜。

あの男は安宿の僕の部屋をノックした。少しだけ開けたドアの隙間からヌッと出てきたその顔は、マンガのネズミ男にそっくりだった。

これほどネズミ男に似ている顔が現実に存在することに驚いた。濁った両目が同時にギラついているようにも見えて不思議だった。ネズミ男が何やら話しだした。

早口の中国語で内容は全くわからないのだが、シージャン、ラーサといった単語が所々に出て来たので、夜の街へ遊びに行こうというお誘いでないことはすぐに理解した。僕が中国語をちっとも理解しないので、もどかしそうにネズミ男は紙とペンをポケットから取り出し、「西蔵」と書いてから僕の顔を指差した。

西蔵(シージャン)は中国語でチベットのことだ。

お前はチベットに行くのか?とごく単純なことを質問していたのだ。

シー(はい)、と答えると、ネズミ男は少し不敵な笑みを見せ、そのことで話がある、とばかりに身を乗り出した。もう喋って意思の疎通をはかることは諦めたとみえて、達筆でさらさらと紙になにやら書き込んだ。

 「汽車」「車票」「中國人」「外國人」。

日本語にすると「バス」「チケット」「中国人」「外国人」となる。ネズミ男は「バス」を指差し、そしてそのまま僕を指差した。「チケット」「中国人」を指差し、続けてネズミ男自身を指差す。「外國人」を指差してからまた僕を指し、そして右手の親指を人差し指と中指2本とこすり合わせた。「お金」を意味するジェスチャーだ。

そこに至ってやっと僕にもネズミ男の意図が分かりはじめていた。つまりネズミ男は僕を中国人専用バスに乗せたがっていたのだ。ネズミ男は淡々と説明を続けた。

曰く。

ラサに行くにはここ(ゴルムド)からバスに乗らなければならない。

バスには外国人用のものと中国人用のものがある。

中国人は外国人バスには乗れない。

外国人は中国人バスには乗れない。

外国人は中国人バスのチケットを買えない。

外国人バスのチケットは2万元、中国人バスのものは2千元。その差10倍—。

 10倍、の部分にアンダーラインを引いた後、「だからお前のために私がチケットを買おう。」

 要するに外国人である僕が買えない「中国人バスのチケット」をネズミ男が買い、それを持って僕が中国人バスに乗ってラサに行く。ネズミ男は4千元でやってやるという。要するにダフ屋。僕のメリットは言うまでもなくラサ行きのバスに格安で乗れること。

どうだ?どうだ?とネズミ男の強い押しに負け、つい「じゃあそうしよう」と頷いたのが僕の思慮の浅さだと後々気がつくことになる。このときはただ、格安のチケットが買えるならそっちのほうが良いだろう、と「貧乏旅行者」と銘の打たれた算盤を弾いたのだった。

 

 (つづく)

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石川拓也 写真家 2016年8月より高知県土佐町に在住。土佐町のウェブサイト「とさちょうものがたり」編集長。https://tosacho.com/

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