4月
08

ラサに行ってもいいですか? | 偽装中国人バスの旅 15

posted on 4月 8th 2014 in 1995 with 19 Comments

15

やはり気が張っていたのだろうか、翌朝は日が昇る前に目が覚めた。軽く朝食をとり、荷物をバックパックに詰めてからさらにそれをズタ袋に入れる。

人民軍の中古コートを着て人民帽をかぶる。

そのまま鏡の前に立つ。なるほど、中国人に見えないこともない。6時を少し過ぎてドアにノックの音。開けるともう見慣れたネズミ男の顔。

もともと表情に乏しいその顔が、早朝だからなのか能面のような無表情だ。

それにしても宿泊客でもないこの男はどうして、安宿とはいえ、この宿を自由に出入りできるのだろう、とこのときふと不思議に思った。

しかしそんなことを詮索するヒマもなく、小声でネズミ男が話しかけてくる。このときになると不思議とこの男の言わんとすることが、なんとなくだが理解できるようになっている。

「準備はできたか?」といって僕の荷物が計画通りズタ袋に入れられているのを確認する。

「声を出すなよ」シー、と口に人差し指をあて「荷物を持っておれについて来い」と手振りで部屋の外へ。ネズミ男はまず姿勢を低くし、音を出さずに廊下を少し小走りに進む。階段のある角まで行き膝立ちになり、顔だけ階段の方へ出し様子を伺い、誰もいないとわかると後ろの僕に合図を送る。

「よし、来てもよし」

僕もネズミ男に倣い、低い姿勢かつ小走りでネズミ男のすぐ後ろまで移動する。荷物を持っているので僕の場合はドタバタと音がする。それをネズミ男は咎めて「音を立てるな」と少し怒った小声で言う。

ネズミ男はもう一度階段の方へ顔だけ出し、様子を伺ってから「よし!」といった感じで、今度は踊り場まで移動。手すりの陰から顔だけ出して階下に人がいないことを確認、「よし来い」と僕に手招きする。

まるで安物B級のスパイ映画だ。

心の中でそう思ったが、ネズミ男の緊張感に満ちた真剣な表情につられて笑う気にはならない。

3階の部屋から1階に降りるまで、この低姿勢小走りを2人して繰り返したのだった。

 (つづく)

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石川拓也 写真家 2016年8月より高知県土佐町に在住。土佐町のウェブサイト「とさちょうものがたり」編集長。https://tosacho.com/

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