4月
12

ラサに行ってもいいですか? | 偽装中国人バスの旅 19

posted on 4月 12th 2014 in 1995 with 13 Comments

19

3日目の夜が深まるにつれ、時間の感覚が薄れていった。

出発前の東京で安物のタイメックスを買い左腕に着けていたのだが、巻き上げ式のこの腕時計をいつからか巻き忘れていた。針は4時過ぎを指したままピクリとも動かなくなっていて、この日の夕方まで動いていたことは知れるのだが、気がついた時にはもう正確な時間がわからなくなっていた。

バスの内部に時計はなかったし、もちろん誰かに尋ねるわけにもいかなかった。そうして窓の外に完全な夜の闇が降りてきた後は、僕は時間を計る術を完全に失ってしまった。

ウトウトと一瞬だか一時間だかわからないようなあいまいな眠りを繰り返していたので、ぼんやりと疲れ切った頭には、今が夜になったばかりなのか、夜更けなのか、それとももう夜明けが近いのか、そんな大まかな感覚さえ溶けて流れ出してしまったかのように捉えることができなくなっていた。

窓の外は相変わらず小さな光さえ見い出せない漆黒の闇で、まるでこのバスごと宇宙空間に放り出されたような不安が僕を包み込んだ。

喉が渇くと瓶を出しぬるいお茶を飲んだ。

腹はもう減っているのかどうかもよくわからなくなっていたが、ときどき乾パンをポケットから出してかじった。

そしてそんな動作さえ億劫に感じるほど疲れていた。ラサでなくてもいいから、ただただ横になってぐっすり眠りたいと思った。

狭く硬い座席の上で、できるだけ丸くなりながら少しでも眠ろうとした。

不快な振動とエンジン音、それに足下の熱いパイプが、相変わらず眠りに落ちることを邪魔した。イライラして目を開けると、窓の外に白んできた空が見えた。4日目の朝の始まりだった。そしてそのときバスが少しずつスピードを落としはじめた。

なにか嫌な予感がして、座席の上に座り直す。外を見る。いつの間にかバスは集落の中をゆっくり走っていた。

空が白んできたとはいってもまだ夜中だ。外に人は歩いていない。

ただ白い石でできた集落の真ん中を突っ切る細い道を、のろのろとバスは走り、そして大きなゲートで閉じられた検問の前で停車した。

(つづく)

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石川拓也 写真家 2016年8月より高知県土佐町に在住。土佐町のウェブサイト「とさちょうものがたり」編集長。https://tosacho.com/

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