12月
08

みんなにお金を配る国

posted on 12月 8th 2015 in 毒にも薬にもならない with 1 Comments

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Amsterdam

 

今年の夏はイビサに住んでいたのだが、その間、2回ほどアムステルダムを訪れた。

アムステルダムは、好きだ。

なんというか、あの人種の混ざり具合というか、「多様性」とか「ダイバーシティ」とかいう言葉を具現化したらアムスになりました、と言われても納得してしまうほどの混沌が好きだ。

混沌といいつつも、それは決して無軌道なカオスではなく、ほどよく外側に開かれた社会といった趣がある。真の意味でのインドの混沌とは違うし、なかなか外に開こうとしない日本とも違う。

アムスにいると「多様性」という状態というのは非常に軽いものだと感じる。

多様性自体が軽いのではなく、多様性は人間の精神に軽さを感じさせると、石畳の街を歩いていて思う。

聞くところによると、アムステルダムには145か国の人間が混ざり合いながら住んでいて、その人種の多さは世界的に見ても比類するところがないのだという。

あくまで主観だが、アムスの多様性というのはなんとなくニューヨークの多様性とも少し違っていて、人種間のテンションがまろやかにできているような気がする。

中学生の時分、アメリカという国は「人種のるつぼ」なのだと社会科の授業で習った。

その後高校に入ったあたりで、いや、今は「人種のサラダボウル」と呼ぶほうが正しいのだ、と習い直した記臆がある。

20代のほぼ全てをニューヨークで過ごした経験から言うと、明らかに「サラダボウル」のほうが現状には即しているのである。「るつぼ」ではない。

たくさんの人種はもちろんひとつの器の中で仲良くしているし、人種云々、差別的な言動は、それをした人間の心性が疑われるほど常識はずれなものになってはいるとしても、人種間のある種のテンション、緊張感というものは、いつまでたっても柔らかくはなっていないようである。

これはひとえに歴史のせいだとは思う。

過去、その国では絶大な人種的マジョリティがいて、それにひどく抑圧されたマイノリティがいた。

その尾は未だに長く引いていて、常識として差別的なものに対してNOと言える空気はできているはずだが、過去に自分たちが経験した、または親や祖父母世代が経験した、差別的なできごとの記憶が溶けて跡形もなく消えてしまうにはまだ早いのかもしれない。

その、ニューヨークで若干感じていたはずの緊張感が、アムステルダムにはほとんど感じることがない。

なんか空気がマイルドだ。

案内してくれたオランダ人の友人が言うには、もちろんここにも差別もあるし緊張感もあるよ、他国よりはきっと少ないけれど、とのことで、それもきっと本当なのだと思う。

ただもし「人種のるつぼ」と名付け得る場所が世界にあるとするならば、アムステルダムほどふさわしい場所はないんじゃないかとも思ったりする。

 

オランダというのは不思議な場所だ。

 

とても小さい国なのに、国としての体裁を長年保ってきた。保ってきただけじゃなく、中世では船を駆って世界の海に飛び出していった。

江戸時代、幕府と正式に通商していたのも唯一オランダだけだ。台湾にいち早く港を造ったのもオランダだ。あんな小さい国なのに、である。

なにか未知の海に出て行く実験精神と、独特な進取の気風を、昔からオランダ人は持っているのかもしれない。

 

 

そんなことを思い出したのは、今日こんなニュースを目にしたからだ。

 

フィンランドが世界初のベーシックインカム導入へ 毎月11万円支給 – ライブドアニュース
社会保障の問題を考える際によく引き合いに出される制度ですが、北欧の福祉国家として高い評価を受けているフィンランドが世界で初めて国として導入することを決定しました。 …

 

 

 

オランダじゃねーじゃん、と怒られそうだが、これはフィンランドが「国家」として世界初の決定を下したというニュース。

それよりひと足早く今夏、オランダのユトレヒトが「市」として実験を行うことを決定しているのである。

 

"ベーシック・インカム"必要最低限の給付をオランダで実験「幸福度が増す」
このベーシック・インカムを2016年1月から試験的に導入すると、オランダ第4の都市ユトレヒトが発表した。ユトレヒト市でこのプロジェクトの責任者を務めるニエンケ・ホースト氏は、ニュースサイト「クオーツ」 …

 

 

 

ベーシック・インカムとは、自治体の市民なり国民なりもれなく全員に、生活するに足る金額を行政が支給してしまおうという、新しい福祉制度のことだ。

これは人類史の中で、まだ実際に試された例がないので、結果どうなるかは誰にもわからない。

僕は非常な興味を持ってこの類のニュースを見ている。

お金配って、その結果人々は働かなくなるか?

それとも目論見通り幸福度が増し、人々は本当にやりたいと感じる仕事をやるようになれるのか?

先進国の行き詰まってしまった資本主義の中で、多くの人間が「金」に疲弊していくその状況を、もしかしたら打破する次世代のシステムになるかもしれない。

そして何よりも、こうした壮大な社会実験を自らをモルモットにして「試す」オランダ(フィンランドも)という国の気風が、非常にうらやましいと思うのだ。

 

 

 

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石川拓也 写真家 2016年8月より高知県土佐町に在住。土佐町のウェブサイト「とさちょうものがたり」編集長。https://tosacho.com/

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