僕がインドに行ったわけ 2
この文章は「僕がインドに行ったわけ 1」のつづきです。話の最初に戻るには「僕がインドに行ったわけ 0」から。
2 建設
次にカロールに戻ったのは数ヶ月後。2010年のこと。
前回はプラカーシュに誘われるまま、特に明確な目的もないままの旅で、言ってみれば「ラオ一族親族巡り」とでも呼ぶような旅をした。その後日本に帰ってきてもしばらくは、気持ちがインドから帰って来ない。あのインドの別世界っぷりにやられてしまったようだった。
僕はインドで撮ってきた写真を焼いてそれを周囲の人に見せて回るような日々を過ごすうちに、「この続きを見たい」と言ってくれる人もいたりして、あの「地鎮祭」の場所が徐々に僕の中で大きな存在になるのを感じていた。
今、あの穴の開けられた原っぱはどうなっているだろう?
見てみたい。どんな家をどんな風に建てるのか。
そして僕はニューヨークに帰ったプラカーシュにメールを送った。バーラットのあの家を再び訪れたいと思っている、そして写真を撮りたいと思っている。バーラットは受け入れてくれるだろうか?バーラットに尋ねてみてくれないか?
するとプラカーシュからすぐに返事が来た。「バーラットに尋ねるまでもない。行って来い。」
そして僕は再びグジャラートに舞い戻ったのだ。
アーメダバードの空港にはバーラットと息子のヒマラヤが迎えに来てくれていた。挨拶もそこそこに、バーラットの運転でカロールに向かう。もちろん建設途中の現場を見せてもらうためだ。
「やっと計画が決まって、建設が始まったんだ」バーラットはそう言いながらちょっと嬉しそうだ。ああでもないこうでもないと悩んだ時期が一区切りしたことにホッとしているようだった。
バーラットの現在の住まいではなく、建設中の新居の例の原っぱに先に連れて行ってもらうことにする。アーメダバードから1時間ほど車を走らせ、ゴミゴミした幹線道路から土ボコリの舞う細い道に入り、小さな住宅街を越えたところにその原っぱはある。
近づいてくるにつれ、車のフロントガラス越しに見えてくる原っぱにポツンと建つ建物。
おお、壁ができている!
(つづく)