4月
09

ラサに行ってもいいですか? | 偽装中国人バスの旅 16

posted on 4月 9th 2014 in 1995 with 20 Comments

16

1階にたどり着くとそこにはフロントがある。

安宿とはいえ眠そうなおじさんがひとり、番をしている。

それまで抜き足差し足低姿勢で進んで来たネズミ男が、フロントの前は普通に歩いて通り過ぎた。ここは隠れるとこじゃないの?もうどういうことか、わけがわからない。僕はごくふつうにチェックアウトして部屋の鍵を返却した。

扉を開けて一歩中庭に出ると、そこにはまた姿勢を低くしたネズミ男がいた。ここからまたしてもスパイもどきのようだ。

僕がからかわれているだけなのだろうか?

25メートル先の門までまたスパイもどきの低姿勢で進み、門を開け道路に出るとそこには一台の車が停まっていた。車種はわからない。それほど埃だらけでオンボロな白い乗用車。ネズミ男の後に続きこの車に乗り込んだ。

なんとなく一息ついた雰囲気で、ネズミ男が車を発進させた。

向かうは長距離バスの停留所だ。

5分ほど車を走らせ、バスが3台停車している広場の隅、街路樹の陰の目立たない場所に停車した。車の中でレクチャーが始まる。

「お前は中国人ということにしてあるから、バレたら追い返される。コートは最後まで脱ぐな。帽子も脱ぐな。目立つな。誰とも話すな。車掌には『こいつは口が不自由だから』と言っておく。飯もひとりで食え。誰とも一緒になるな。注文するのも聞かれるな。これを持って行け」

ポケットから中国語の芸能雑誌。

「ずっと読んでいるフリをしろ。いいか日本人だとバレたらその場で降ろされるぞ。ひどいときにはバスごと追い返されるぞ。どんなにラサの近くまで行ってようが、公安はそんなこと平気でやるぞ」

ネズミ男が全身から発していた緊張感にあてられて、僕も少しずつ硬くなる。

ひと通り説明が済んだと見えて、ネズミ男は僕を外へ促した。荷物を持ってバスへ向かう。バスの周りでは車掌らしき男と数人の乗客が出発を待っていた。

ネズミ男が車掌に話しかけ、何度か僕の方を指差しながら相談している。口が不自由なんでよろしく頼む、なんてことを話しているのだろうか。車掌は僕の荷物をバスの屋根に載せた。無表情で僕を凝視するネズミ男を残し、バスに乗り込んだ。座席は8割方埋まっている。後方に席を見つけ腰を下ろす。窓の外にネズミ男の姿はすでになかった。

15分ほどしてバスはエンジンをかけた。さらに15分ほど暖機運転をしてからのろのろと出発した。

こうして僕はこのバスの旅に出た。

(つづく)

Share on FacebookTweet about this on TwitterShare on Google+Share on TumblrPin on Pinterest

石川拓也 写真家 2016年8月より高知県土佐町に在住。土佐町のウェブサイト「とさちょうものがたり」編集長。https://tosacho.com/

Loading Facebook Comments ...

currently there's 20 comment(s)

コメントはここから