9月
01

ある日のできごと 1

posted on 9月 1st 2010 in 毒にも薬にもならない with 0 Comments

最初の異変。

その朝は友人の電話で目が覚めた。

お互い深夜まで仕事をしているので、朝早い電話は珍しい。僕が受話器を取ると彼はすぐに興奮した声で話しはじめた。

「飛行機がビルに突っ込んだらしいよ!」

僕の頭には完全な?マークが点灯し、どういうことかと友人に問いただしても彼もそれ以上のことをまったく知らないらしく、電話は要領を得ないまま切れた。

わけがわからないまま、普段より数時間も早く目を覚まされたのだが、またベッドに入る気にもならない。

軽く朝食を済ませたあと、仕事まで特にやることもない。その日は数日前に撮影した結婚式の写真を暗室で焼く予定だったのだが、午後にならないと暗室が使えないことになっていた。読みかけの本もなかったし、そのときはテレビも接続しないでビデオ専用になっていた。仕方がないので当時日課にしていたプールに向かうことにした。タオルや水着を鞄に詰め、勢い良くアパートのドアを開け、そこで次の異変に気がついた。

目の前が真っ白に煙っていたのだ。もうもうと淀んだ白い砂埃の中、僕の頭には今日二つ目の?マークが点灯したのだが、それをさっきの友人の電話と結びつけるような機転はなかった。

今から思い返すとあまりにものんきなので不思議だが、近所で解体作業でもやってるんだろうか、なんて思いつつそのままバス停まで歩いて行った。

バスを待ち、バスが来て、それに乗り込む。バスはその路線、その時間にはありえないぐらい満員の人間を乗せていた。そこで三つ目の?マーク。隣に立っている若い男に、何かあったのか聞いてみる。その男も、よくわからない、ただビルに飛行機がぶつかったらしい、と友人とまったく同じことを言った。

不穏な空気を感じながらもプールの前のバス停で下車し、建物の中へ入って行く。水着に着替え、ゆっくりと泳ぎ始める。泳ぎながら、四つ目の?マーク。僕の他に泳いでいる人間がひとりもいない。周りには監視員が3人いるのだが、水の中に入っているのは僕だけだ。不安に思って監視員のひとりにもう一度、なにかあったのか聞いてみる。彼もやはり、よくわからないがなにか大きな事故が起こったみたいだ、と不安な表情を見せた。

なにが起きているのかまったくわからないのだが、なにかが起きたことは間違いない。

すぐに水から上がり、来た道を戻り始める。ほどなくしてバス停に現れたバスは、またしても隙間なく大勢の人間を乗せていた。誰もが声を発することもなく、車内は重い空気に包まれていた。ドライバーにまた同じ質問をすると、彼は前を向いたままで、ワールドトレードセンターに飛行機がぶつかった、今日は会社も学校も休みだ、と抑揚のない声で言ってから僕の方を一瞬見て、クラッシュ、ともう一度繰り返した。

につづく)

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石川拓也 写真家 2016年8月より高知県土佐町に在住。土佐町のウェブサイト「とさちょうものがたり」編集長。https://tosacho.com/