南極の氷の中から100年前の写真が発見された。カチンコチンで。
南極の氷の中に100年の間、忘れ去られていたフィルムが発見された。
実はもう一年以上前のニュースなんだが、ずっと気になっている。
僕にとっては世紀の大発見レベルなのは間違いないが、もっと大ニュースとして世の中に浸透していくのかと思っていたらちっともさっぱり聞こえて来ない。
やっぱり僕の興味の対象は、世の中のそれと少しずれてるんだろうと再認識するきっかけにはなったのだが。
このニュース、この写真はスルーするにはもったいないと思うほど興味深い。
ソースは全てANTARCTIC HERITAGE TRUSTから。
このANTARCTIC HERITAGE TRUST(南極遺産信託とでも訳すのだろうか)の研究員が、南極大陸の氷の中に閉じ込められた小さな箱を発見した。
ニュースの発表は2013年12月である。
箱の中にはくっついてひとつの固まりになった写真のネガ・フィルム。調べてみるとニトロセルロース・フィルムと呼ばれる、1940年代まで製造されていた年代物のフィルムだった。
話は逸れるが、ニトロセルロース・フィルムというのは危険なほど可燃性が高く、昔は代替品がなかったので使用され続けていたが、実際にはちょっとした高温でも自然発火してしまうほどヤバいものだったらしい。
昔の映画を観ていると、映画館の映写室などでフィルムが突然燃え始める火事のシーンなどがあったりするが、これはその時代には燃えやすいニトロセルロースを使用していたので、けっこうリアルな事態だったらしい。
映画用フィルムを大量に小さな部屋に押し込める映写室は、火薬庫とほぼ変わらない燃えやすさなんである。
ある意味「ニトロ」と付いているだけでなんとなくヤバそうだ。とにかくあまりにも危険だったのでこの種のフィルムはいつしか製造中止となり、代わって「安全フィルム」と呼ばれる燃えにくいフィルムが発明され市場に出回ることになる。
フィルムが燃えにくくなったことは諸手を上げて歓迎するべきことなのだろうが、この「安全フィルム」というネーミングはどうにかならないか、と僕は思う。
ドキドキワクワクのかけらもない、色気も艶もへったくれもない「安全フィルム」。
いつでもどこでも燃え上がってしまうのは迷惑千万だが、ネーミング的には「ニトロセルロース・フィルム」の完勝だろう。
ニトロセルロースという素人にはよくわからない名前には、どことなくヤバそうな、毛の生えていない子どもは危なくて扱わせてもらえないような、そんな大人の匂いを感じるのである。
話を元に戻すと、この研究員はそのフィルムの固まりをニュージーランドに持ち帰り、「多大な苦労をして」一枚ごとに剥がしていった。
「多大な苦労をして」の部分は「painstakingly」とわざわざ書いてあるので、実際に想像を絶するほど大変だったに違いない。僕もフィルムの扱いがどういったものか知っている者として、この作業はいささかの誇張もなく「painstakingly」だったんだろうと思う。
このように 古いフィルムをどうこうしようというのは、一度も失敗してはならない、決してやり直しのきかない作業なのだ。
集中力を欠いた雑な手つきでベリベリなんて引っ張ってしまった日には、100年以上も氷の中で眠っていたとんでもなく貴重なフィルムが根こそぎ損なわれてしまうだろう。
それは人類史レベルでの損失になるかもしれない。
研究員がそんなことを考え始めたとしたら、その作業はまさに「painstakingly」なもの以外のなにものでもないだろう。
昔ロバート・キャパが命がけで撮影してきた戦場を写したフィルムを、現像段階でアシスタントが何かしでかしたおかげで全てパーになってしまったことがあるらしい。
当然のことだが、キャパは激怒して数週間荒れまくっていた。そんな逸話が現在でも残っている。そのアシスタントはやらかしたおかげで伝説となり、それから数十年を経たこんな島国でも未だにこうして語られている存在になってしまった。
そのぐらい「フィルムを損なう」というのは元に戻れない、やり直しのきかないものなのだ。この辺りの緊張感は、何度もやり直しのきくデジタルの感覚でイメージすると多少奇異に感じるかもしれない。
フィルムで育ったおっさん世代は自然とうなずけるところだろう。
とにかく大変な思いをしてネガを整理すると、そこには最終的に22枚の、未だ人類の観たことのない写真があった。この地味なニュースはそう伝えている。
(つづく)