3月
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ラサに行ってもいいですか? | 偽装中国人バスの旅 1

posted on 3月 1st 2014 in 1995 with 24 Comments

この話は以下のリンクにまとめています
ラサに行ってもいいですか? | 偽装中国人バスの旅 [前編]

 

 

 

ラサに行ってもいいですか? | 偽装中国人バスの旅 [後編]

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1

 

不快な暑さのせいで、肌がベトベトに汗ばんでいた。

暑い、と言葉にしようとして、声が全く出ないことに気づく。

驚き、焦り、どうにかして呻き声のひとつでも喉の奥から絞り出そうとするのだが、僕の声帯からは小さなささやきすら出てこない。

混乱の極みに達した僕の目の前に、一台のバスが現れる。それはエンジン音すらなく、無音で僕に近付いてくる。僕はその場から動く事が出来ない。そして、助けを呼ぶために叫ぶ事も出来ない。

バスがぶつかるーー。

 

 

その瞬間、目が覚めた。

知らないうちに浅い眠りに落ちていたようだ。周りを見渡す。バスの中だ。右に左に居心地悪く揺れている。このせいで悪夢を見たのだろうか。ひとつ咳払いをする。喉から出た音を聞き安堵する。それにしても、暑い。

僕を乗せたバスはチベットの首都、ラサに向かっていた。12時間ほど前、中国中央部に位置するゴルムドという街からこのバスに乗った。ゴルムドはラサへ行くためのハブ駅で、中国側からチベットに入るにはここからバスに乗るのがほぼ唯一のルートだった。

ゴルムドで聞き込みをした結果、ラサに着くまで丸々2日か3日かかるらしい。誰も正確な到着時間はわからないようだ。順調に行けば2日、難儀な旅なら3日ないしはそれ以上ということなのだろう。

 

窓の外は日も落ちて、小さなヘッドライトのその先は、漆黒の闇が果てしなく続いている。人間の営みの存在自体を否定するような、完全な黒。目を凝らしても何も見えてこない闇の中を見続けていると、自分とこのバスだけが無限の宇宙をさまよっているような心細い気分になってくる。

 

足下のカバンから瓶を取り出し、お茶を呑む。中国では誰もが瓶を水筒代わりに使っていて、僕もそれに倣っていた。汗をかいているのでお茶がうまい。

もう一度窓の外を見る。ゴルムドで出会ったあの男のことを思い出していた。隠れるように僕をこのバスに乗せたあの男だ。頬が痩けて両目だけがギラギラして、ネズミ男にそっくりのあの顔が、窓の向こうに浮かび上がった気がした。

 

僕はあいつの計画に乗った。

 

今さらになって、これで良かったのだろうかと考えてしまう。だがもう考えても手遅れだ。賽は投げられた。バスは走り出したのだ。

(つづく)

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石川拓也 写真家 2016年8月より高知県土佐町に在住。土佐町のウェブサイト「とさちょうものがたり」編集長。https://tosacho.com/

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