ある日のできごと 7
(6のつづき)
ジャッキー・デュガン。彼女のことは僕も知っていた。
ジャッキーはウィンドウズ・オブ・ザ・ワールドという大きなレストラン兼結婚式場で、パーティーや結婚式をコーディネートする仕事に就いていた。ミシェルの結婚式の担当が彼女だったので、打ち合せも含め三回彼女と会って話し合いをしていた。彼女はいつでもてきぱきと仕事をする人で、かといって尖ったところはなく、その仕事をすることに大きな喜びを感じているような印象が強かった。打ち合せの最中、楽しそうですね、と声をかけると「プライベートでもパーティーは私が仕切るから、これは天職よ」と言って笑っていた。
2001年9月8日に行われたミシェルの結婚式は、ウィンドウズ・オブ・ザ・ワールドで開かれ、ウィンドウズ・オブ・ザ・ワールドはワールドトレードセンターの107階にあった。
事件が起きてから、ジャッキーのことは僕も常に気になっていて、無事でいてほしいと願っていた。それまで確かめる術がなかったし、最悪の結果を聞くのが嫌でミシェルにも簡単に訊ねることが出来なかった。ミシェルは下を向いたまま、「昨日出た犠牲者のリストに、彼女の名前を見つけた」と言った。声が震えていて、涙を堪えているようだった。僕にはかける言葉が見つからず、しばらく二人とも黙ったまま俯いていた。
長い沈黙の後、ミシェルが顔を上げた。両目には涙が溢れそうになっていたが、無理に笑顔を作ろうとしているようだった。「写真は素敵よ」とミシェルが言った。
「だけど、私には人生でいちばん幸せで、いちばん悲しい記憶になってしまったわ」
そう言ってから、また無理に笑おうとしていた。
あれから9年が経った。その後戦争が始まり、フセインが処刑され、ブッシュはホワイトハウスを去った。あらゆるメディアがあの事件がどのような理由で起こされたのか、あの事件を引き金にして世界がどのような形に変わっていくのか、たくさんの言葉と情報を駆使して解明しようとしていた。そういった膨大な数の言葉のおかげで、なぜ、誰が、どのようにしてあれを起こしたのかという経緯と、歪んだ歴史と感情が長い年月をかけ醸成させた根本的な原因の形は少しずつだが知ることができた。
ただ、ジャッキーやあのビルで死んだ大勢の人間が、なぜあのときあそこで死ななければならなかったのか、そういう疑問に対する答えを含んだ言葉に出会ったことは今までただの一度もない。
おそらく理由などはない。すべては偶然だったのだ。ジャッキーは偶然あのビルの107階で働いていて、あの日は偶然休みではなかったし遅番でもなかった。
3000人近くの人間が、それぞれの偶然が重なってあの事件に巻き込まれて命を落とした。だとしたら僕があの日あの場所にいなかった理由も偶然であって、ミシェルの結婚式が11日ではなく8日であったこともまた偶然なのだろう。
偶然が人間の死ぬ理由になり得るとしたら、人間が生きている理由にもなり得るのだ。あのときあそこにたまたまいなかった僕が今こうして生きているということも、僥倖に近い偶然というようなものなのかもしれない。
死者には手を合わせ、忘れない、と言うことぐらいしか僕にはできることがない。このわずかなことでさえ、死者のためというよりは生き残った人間の気持ちのためにやっている気もする。
それでも一年が過ぎてこの日がまた来ると、静かに目を閉じて手を合わせる。
僕はジャッキーの歳を追い越してしまった。
(おわり)