3月
30

ラサに行ってもいいですか? | 偽装中国人バスの旅 9

posted on 3月 30th 2014 in 1995 with 20 Comments

9

白い光。

速度を落としつつ、バスはそこに向かって一直線に走っていく。

その光源に、バスのヘッドライトが届くぐらいの近さになってようやく、緑色の制服が目に入った。同時にそこが公安警察の検問所であることを知った。

少し息が早くなる。

バスを停めた運転手は、窓越しに公安のひとりと真面目な顔で話している。使い古したランタンを左手からぶら下げているので、さっきの白い光はこの警官が回していたのだろう。

ランタンの取っ手が揺れるたびに、小さくキィキィと不快な金属音がした。

 

周囲には10人ほどの公安が、無表情な顔でバスを眺めている。

僕は目立たないように、できるだけゆっくりとコートのポケットから緑色の帽子を手にとり、そっとそれをかぶり、座席に深く身を沈めた。

気持ちの悪い汗をかいているベトついた僕の肌が、さらに不快な熱を帯びる。

昨日の検問と同様に、公安のひとりがバスに乗り込んできた。

無表情で運転手と話し込んでいる。

顔を見せないように、ぐっすり寝ているようなフリをして俯いていても、意識は強く緑色の制服に吸い寄せられていく。

 

公安と運転手の会話が途切れ、エンジンも止まった車内はまったくの無音になった。外にいる制服組も、車内の乗客もだれひとり口を開かなかった。

緑色の制服は運転手の横に立ったまま、乗客ひとりひとりを仔細に眺めているようだ。時間がとてつもなく長く感じられる。

揺れるランタンだけがキィキィと鳴った。

視線をひと通り車内に這わせた後、公安は無表情なままささやくように、前列に座っていた乗客のひとりに何かを話しかけた。乗客も何事かを答える。

中国語なので2人が何を話しているのか、僕にはさっぱりわからない。ただこのとても静かな会話が少しずつ、不穏な空気を孕みはじめたことには気がついていた。

 

 (つづく)

Share on FacebookTweet about this on TwitterShare on Google+Share on TumblrPin on Pinterest

石川拓也 写真家 2016年8月より高知県土佐町に在住。土佐町のウェブサイト「とさちょうものがたり」編集長。https://tosacho.com/

Loading Facebook Comments ...

currently there's 20 comment(s)

コメントはここから