神さまがくれた花 6
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僕を見ながら弟子がボソボソとささやく。それを聞いたスワミ神はフンフンと微笑みながら頷いて、弟子の耳にそっとひと言語りかけた。
それを聞いた弟子、僕の方に向き直り、厳かに威容を整え、
「神さまは日本からはるばるあなたが来られたことに大変お喜びである」
とてもきれいな発音の英語で言った。
うわっ、これは大変だ。数百人のインド人の群衆の中心で、唯一の日本人として僕が神さまに話しかけられている。
これは滅多なことは言えないようだ。自分がこの宗教の信者ではないからって、あんまり気の抜いたテキトーなことは言えない雰囲気だ。数百のインド人のまっすぐな視線がすべて僕に向かって集中しているのを感じ、一瞬で僕は緊張で身が硬くなった。
スワミ神は弟子を通してだが、僕に向かって話しかけられておられる。ここで何か気の利いたひと言を、、。
「サ、サンキューベリーマッチ、、。」
ダメだー、何にも出て来ない。我ながら戦慄するほど普通のひと言。
ジャグネシュが心配そうに僕の顔を見る。そんな目で見られるのは大人になってから久しくないことだ。
だいたい事態が全くの予想外なのだ。明らかに物見遊山で連れて来られた日本人ではないか僕は。
熱心な、おそらく生まれた時分からの信者たちを差し置いて、僕が話しかけられるとはこの場にいる誰が予想できる?
弟子はまだ僕を解放してはくれない。
「、、、神さまに何かおっしゃりたいことはありますか?」
う〜んそう来たか、、。この状況、僕の中のどの引き出しにも答えはありません。
だってスワミナライって宗派のことだって、ここに来る車の中で知ったぐらいだもの。
ここでムリに頭をひねったところで、出てくるものにはイヤな予感しかしない。迂闊に妙な事を口走って神さまを不愉快にさせることだけは避けたい。
もうしょうがない。僕が現時点で知ってるスワミ関係の唯一の言葉。大きな声で言えば許してくれるかな。そう思い息を吸い込んで、
「ジェイ・スワミナライ!」
言ったら周りの信者たちも声を合わせてくれた。波のように広がって行く「ジェイ・スワミナライ」コール。
神さまはそれを耳にして満足そうに何度か頷いた。
弟子に顔を向け、なにかささやき、弟子の手にまた何かを握らせた。コクリと頷いて弟子は一歩二歩僕に歩み寄り、
「受け取りなさい。これは神さまからの贈り物です」
そう言って真っ赤な花を僕の手の中にふわりと置いた。
(「神さまがくれた花7」につづく)