神さまがくれた花 4
4
法悦?恍惚?
この歓喜。なんとなく心の隅でうらやましい想いもありながら、彼らの心情の根本は想像するしかない。
ヒンドゥ教徒でもないし、特にこれといって特定の宗教を持たずに大人になった僕としては、スワミ神を前にしたときの彼らの目の輝きはとても眩しいのと同時になかなか理解のしづらい種類のものだ。
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法悦?恍惚?
この歓喜。なんとなく心の隅でうらやましい想いもありながら、彼らの心情の根本は想像するしかない。
ヒンドゥ教徒でもないし、特にこれといって特定の宗教を持たずに大人になった僕としては、スワミ神を前にしたときの彼らの目の輝きはとても眩しいのと同時になかなか理解のしづらい種類のものだ。
3
スワミナライの寺はアーメダバードの市内にあって、驚くほど空港に近かった。
門を入るとすぐ履物を預けるようになっていて、裸足にひんやりとした大理石が心地良い。一歩境内に入ると空気が変わる。外のホコリっぽい混沌とは全く別の時間がそこには流れている。
2
車に乗り込み、さっきバーラットと一緒に来た道をそのまま戻る。
寺はアーメダバードの街中にあるらしい。
「その寺はなにか特別なんですか?」そう尋ねた僕にダダが道すがら説明してくれた。
1
この広い世の中には、まれに「神さま」と呼ばれるものがいるらしい。
空の上にとか心の中にとかそういうあいまいな話ではない。出会える神さま。生き神。リビング・ゴッド。これはそういう生身の「神さま」に僕が出会った話。
The Website (ishikawatakuya.com) is renewed! Please have a look at it. See Website
I feel this kind …
本文を読むこちらのブログではなくて、写真ウェブサイトをリニューアルしました。ぜひご覧になってください。See Website
ただこういったウェブサイトってのは(ブログも同じですが)、完成ってものがないんだな〜と実感したリニューアルでした。まだ載せれてない写真もあるし、今後もちょっとずつ増えていくだろうし。
すべてちょっとずつ、ちょっとずつです。
この話は以下のリンクにまとめています
ラサに行ってもいいですか? | 偽装中国人バスの旅 [前編]
本文を読む
24
きっと公安はそんな返事を予想していなかったはず。目の前の、自分を無視し続けた旅人がやっと発したひと言を理解するのにいささか手間取っているように、数秒そこだけ時間が止まったように固まった。
しばらくすると崩れかけた体勢を立て直し、公安がまた何かを言った。僕にはまたそれも理解できなかったのだが、声の調子から怒りのトーンが少しだけ落ち着いたことが聞き取れた。
さっきの続きのつもりはないのだが、本当に何を言っているのかわからないので首を傾げていると、公安は同じ言葉を何度か繰り返した。それでも僕が理解しない様子に業を煮やしたのか、背後に立った3人のうちのひとりが、「パスポート!!」と短く叫んだ。
そうか、そりゃそうだ。さっきから乗客の身分証を確認していたのだから。
シャツの内側に手を突っ込んで、そこからパスポートを取り出し、公安に渡す。珍しいものを見つけたようにそろそろと端をつまみ、公安はパスポートを点検しはじめた。後ろの3人も肩の上から覗き込む。
乗客たちと運転手はさっきからまったく声を出さない。静寂の中、公安がパスポートのページをめくる音だけが聞こえていた。
このとき僕のパスポートはほとんど白紙のはずだった。上海から旅を始めたのだから当然なのだが、どこにそんなに見るものがあるのだろうと僕が不思議に思うほど、公安たちはパスポートを仔細に点検していた。白紙のページもしげしげと丁寧にめくりながら見ているのだ。
もう僕はバスを降りるつもりだった。他の乗客に迷惑をかけないで、僕だけ降ろされるならそれでしかたない。そうこのときは思っていた。降りるために、お茶の瓶やら中国語の雑誌やら、持ち物をまとめておいたほうが良いのだろうか。そんな風に思っていた僕の目の前に、点検し終わったパスポートがグイっと差し出された。
(つづく)本文を読む
23
公安と目が合う。何の表情も読み取れないその両目を見る。
僕の目から不安を読み取られていないだろうか。不審に思われていないだろうか。
公安が短く何かを言う。もちろん何を言っているのかわからない。低くて早口な中国語だった。
僕は何も答えないでそのまま公安を見ている。この期に及んで「口がきけない」という当初の設定を守ろうとしていた。もうそれ以外どうしたらいいかわからない。
もう一度、公安が言葉を繰り返す。さっきより明らかに声が大きい。前方に座っていた乗客たちの数人が僕の方を振り向くのが目の端に見えた。
前を向いたまま、僕は公安の言葉に何の反応も返さない。ちょっとだけ首を傾げて、もう何を言っているんだかわかりません、だって耳が聞こえないんだから、口がきけないんだから、その辺を察してくださいよ、という思いをその仕草に込めてみせた。
それで逃れられるなんてことも思っていないけれど、他に良い言い訳も用意できない。ひと言でも口に出したが最後、僕が中国人でないことは一瞬で見破られてしまう。
目の前の公安の無表情の目の奥に、苛立ちの色が浮かぶのが見えた。僕に何度も無視された格好になったこの若き地方官僚の顔面に、怒りの赤い血が猛スピードで昇ってくるのが見えた。
もうほとんど怒鳴り声になって、公安が早口の中国語でまくしたてた。ぎょっとしたように振り向く周囲の乗客たち。運転手もこちらを見ている。外にも怒声は届いたのだろう、3人の公安警官がドタドタと足音をさせてバスの中に入ってきて、応援するように最初のひとりの背後に立った。
最初の警官は怒声をさらに強め、顔を真っ赤にして怒鳴りつけてくる。激高といっていいだろう。こめかみに指をあてている動作を見るところ、「お前バカか?!言っていること通じないのか?!」とそんなことを言っているはずだ。
おそらくこれ以上やっても出口はどこにもないだろう。僕は諦めた。ラサに行くのを諦めた。小屋に連れて行かれて取り調べを受けて、ゴルムドに返される。丸々バス全体が戻される、そんなことだけにはなってほしくないが、僕ひとりが返されるのはもうしょうがない。拘束されたりするんだろうか?それもこの際しょうがない。この状況では黙っていたって同じことだろう。
公安の目を見たまま、意を決してつたない中国語で「僕は日本人です(我是日本人)」と口にした。ちょっと震えてしまったかもしれない、と久しく耳にしていなかった自分の声を聞きながら思った。
22
全くの無表情で、その公安は前部のドアから上がってきた。
疲れ切った乗客たち全員の前に立つと、変わらず無表情で視線をぐるりと一周させた。
公安と視線を合わせないように、僕はまた座席に深く身を沈めて下を向いた。それで僕の顔は向こうからは見えなくなったが、僕もまた公安の動きを見失った。ただ視覚以外の全感覚はこの公安に向けていた。
息苦しい時間は1分だったか2分だったか。公安が鋭くひと言、何かを言った。
僕は公安と目が合わないように気をつけながらそろそろと顔を上げ、座席の隙間から前を覗き見た。
公安の目の前に座る乗客の腕が伸びて、なにやら書類らしきものを公安に渡すのが見えた。書類を受け取り、それに目を落とす公安。しばらくして無言でそれを乗客に返す。そして隣の乗客の腕が伸びて、今度はもっと小さなカードのようなものを公安に渡すのが見えた。
身分証明書を確認している。
こんなことはこれまでの検問では一切なかった。ここまではしなかった。乗客全員やるのだろうか?ここまで順番が来るのだろうか?ここまで来たらどうしたら良いのだろうか?どうするのがベストなのだろうか?このチェックを逃れる方法はないのか?
完全にパニックになったものの、もう為す術もない。ただただこの公安の気まぐれで始まったようなこの身分証確認が、やはり気まぐれで僕の番が来る前に終わってほしいと祈らずにはいられない。というよりも祈ることしか今はできない。もうその順番は2列目を終え、徐々にこちらに近づいてきている。
真ん中の通路を挟んで乗客は左右3人ずつで、3列目4列目とゆっくりこちらに向けて近寄ってきている。5列目の一番右側に座っていた若い男が渡した書類を見て、公安が短く何かを言った。一瞬間を置いて、その若者は立ち上がり、憮然とした表情で荷物をまとめ前のドアから出て行った。書類に不備でもあったのだろうか?
公安は出て行く若者を見ている。どうしようもない不安に押しつぶされそうになりながら、僕も外に出た若者を目で追った。外の光の下で若者の顔は青白く見えた。バスの屋根に上がった運転手とひと言交わすと、ドスンと大きな音がした。若者の足下に目がけて彼の荷物が投げ下ろされた音だった。若者はその大きな袋を拾うと肩に担ぎ、外にいた公安警官の数人に促されてバスからゆっくり離れていき、小屋の中に入って見えなくなった。これからあの小屋の中で取り調べでも行われるのだろうか?
全く人ごとではない。若者に続いて僕もあの小屋に連れて行かれるのだろうか。
車内に目を戻すと、すぐ目の前に公安が立っていた。
そしてその無表情な細い目は僕の顔をじっと見ていた。